器とたべもの

食べ物や器のことをとりとめなく書いていきたいです。時々木の器を作ってます。

紅葉の下でもみじを食べる。

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こんにちはコタツです。
11月も終わりに近づき、朝になると庭の植物に霜が降りていて、いよいよ冬の訪れを感じます。

今回は、去りゆく秋に未練がましくしがみ付きたく思い、大阪府箕面市(みのおし)まで紅葉狩りに行ってきました。

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スタートは阪急電鉄箕面駅です。久しぶりに阪急電車に乗りました。

そこから、箕面大滝(みのおおおたき)まで約2.6㎞の滝道(たきみち)歩きます。

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途中お店がたくさんあります。柿や栗を売るお店やオシャレカフェなどもありました。

中でも多かったのが、箕面名物の「もみじの天ぷら」です。
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とても人気で、お土産のお持ち帰り用に前日揚げたものは、ほとんどのお店で完売していました。
揚げたての食べ歩き用を買いました。

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紅葉をバックに食べてみました。

食事の天ぷらとは違い甘い衣の揚げ菓子でかりんとうや八つ橋に近い感じです。
肝心のもみじの味は正直全くと言っていいほどわかりません。
しかし、食べたあと葉脈が口の中に残るので存在感はものすごくあります。
紅葉の下で雰囲気を味わいながら食べるととてもおいしかったです。

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その後、滝道を箕面大滝に向かって進みます。
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この日は、紅葉の見頃を迎えていて人も結構多かったです。
きれいな景色の前では大勢の人が写真を撮っていました。

滝道は舗装されていて歩きやすく、緩やかな坂道の中に時々急な坂がある道でした。
しかし、運動不足の私は息を切らしながらフラフラ歩いていましたが、その横を私よりずっと年上に見える方々が軽やかに通り過ぎていかれました。

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川の水がとてもきれいでした。
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なんか視線を感じると思ったら、トンネルの向こうからご当地キャラのゆずるくんがこちらを見ていました。

そして、40分程歩き箕面大滝に到着しました。
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この滝は「日本の滝100選」にも選ばれているそうです。
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滝の前はベンチもあり多くの人が滝を眺めながらお弁当を食べたり、写真を撮ったりしていました。

紅葉も満喫したのでもみじの天ぷらの話に戻りますが、天ぷらに使われるもみじは「一行寺楓(いちぎょうじかえで)」という種類の葉を1年間塩漬けしてから天ぷらにします。
一行寺楓は黄色い葉をしていて普通の赤いもみじだと揚げると黒くなってしまうので一行寺楓の葉を使ったそうです。

もみじの天ぷらの歴史は古く、今から1300年前の飛鳥時代に活躍した呪術者の役行者(えんのぎょうじゃ)が箕面の紅葉を称賛し訪れる人達にふるまったのが始まりとされています。

役行者はこのブログの奈良県洞川温泉の記事でも紹介した日本独自に発展した山岳信仰の修験道(しゅげんどう)の開祖です。
www.utuwa-tabemono.com

役行者の誕生は奈良県御所市(ごせし)ですが、亡くなったのは箕面の地と言われています。

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滝道の途中にある瀧安寺(りゅうあんじ)です。
西暦658年に役行者が箕面寺として開かれ後に名前が瀧安寺になったそうです。
以後、修験道の道場として発展しました。
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役行者と弟子の鬼夫婦の石像。
山を歩く時に役行者を真ん中に夫の鬼が前を歩いたので前鬼(ぜんき)妻が後ろを歩いたので後鬼(ごき)と呼ばれています。

ちなみに、奈良県には前鬼の里と呼ばれる集落があり、現在も五鬼助(ごきじょ)さんと言う方が宿坊を守っておられるそうです。

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行者堂拝殿
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行者堂奥殿
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役行者像

瀧安寺はかつて80以上ものお堂があり修験者たちがたくさん訪れ修行していたそうです。

今回、何かでもみじの天ぷらの事を知り「もみじ食べてみたい!」との思いだけで深く考えずに箕面までやって来ました。
そこで、思いもかけない歴史の深さを知ることができて楽しかったです。

それにしても、洞川温泉から箕面までは車で走ると有料道路を使っても2時間はかかるのに役行者の行動範囲はすごく広いなと感心しました。

秋深まる大津で幻の菊の花を食べる

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こんにちは、コタツです。
秋も深まり関西では紅葉の見頃を迎えています。
この時期は、各地の寺社仏閣で秘仏や宝物の特別公開など興味深い催し物が多く開かれます。

しかし、あれもこれもと気になって見学していると、拝観料と駐車料金貧乏になってしまいます。(T . T)

厳選した結果(笑)今年は滋賀県大津市(おおつし)の西教寺(さいきょうじ)に坂本菊(さかもとぎく)を食べに行って来ました。

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西教寺は滋賀県大津市の比叡山(ひえいざん)の東麓にあり、戦国武将の明智光秀(あけちみつひで)とその一族のお墓があります。

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赤く色づいた紅葉と本堂。
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滋賀県の有名マスコットキャラクター飛び出し坊やトビ太君が光秀に扮しています。
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西教寺の宗派「天台真盛宗(てんだいしんせいしゅう)」の紋章「三羽雀紋(さんわすずめもん)」。
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唐門。
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三羽雀紋が装飾された唐門をくぐって後ろを振り返ると、遠くに琵琶湖を望む素晴らしい景色が広がっていました。


散策を楽しんだ後は、お寺の食堂でお目当ての菊御膳をいただきます。

この菊御膳で使われる「坂本菊」は、比叡山延暦寺(ひえいざんえんりゃくじ)を開いた最澄(さいちょう)が唐から持ち帰り薬用として栽培されたものです。

坂本菊は、花びらが筒状になっているのが特徴で、栽培が難しく西教寺のある坂本地区でしかうまく育たないといわれています。

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肉や魚が使われていない精進料理です。
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菊の花びらを1年間焼酎に漬けたお酒です。車なので飲めませんでしたが(泣)坂本菊の花びらが浮かんでいます。

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菊の天ぷら。
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菊の花。
苦味はほとんどなくてほくほくした芋のような風味がしました。
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菊の葉。
こちらも苦味がありませんでした。

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菊寿司。
今回、坂本菊の花を実際に見る機会が無かったので、このお寿司の上に乗っている花で咲いている状態を想像します。

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菊のゼリー。
花びらがたくさん入っていてとてもきれいです。

他のお料理にも菊の花びらがたくさん使われていて、菊づくしで目でも楽しめました。  

以前このブログの重陽の節句の記事で菊の花を料理した時には結構苦味を感じましたが、今回の坂本菊は苦味がほとんど無くおいしくいただけました。
www.utuwa-tabemono.com

2021年の西教寺の菊御膳は12月5日まで提供されるそうです。
また、一日150食限定で要予約ですが、数に余りがあれば予約無しでも食べられるようです。


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菊御膳を堪能した後は、西教寺の近くにある日吉大社(ひよしたいしゃ)にお参りしました。

この日は、境内でお茶会が開かれていて、着物姿の女性をよく見かけました。その姿は紅葉に映えてとてもきれいでした。

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1人だと顔出しパネルの写真が撮れないのが残念です。
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東本宮の本殿(国宝)

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日吉大社の参道。琵琶湖方面からまっすぐ続き鳥居の向こうに覗く山に向かっていくように見えて雄大な印象がしました。

大津市は奈良から石川県に向かう時に時々通り過ぎていましたが、今回初めて散策してみて景色の端々に山と琵琶湖が入ることで、街に立体感を感じて京都や奈良とまた違った雰囲気を楽しめました。

大津を離れ琵琶湖の反対側の滋賀県草津市(くさつし)の滋賀県立琵琶湖博物館で11月21日まで開催中の企画展「湖国の食事(ここくのくいじ)」を見に来ました。
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新型コロナウイルス感染予防のため博物館に入るには事前のネット予約が必要です。
私は忘れていたので博物館の駐車場で予約しました。
来館者が少ない日ならそれでもOKですが、土日とかは事前予約したほうがよいそうです。

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企画展の入り口には大きな暖簾がかけてありました。

中に入ると滋賀県の色々な地域の郷土料理が紹介されていました。
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泥亀汁!あまり食べたく無いネーミングです。
本物の亀を入れるのかと思いましたが、ナスの味噌汁でした。(ホッ)
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さっき食べた坂本菊も紹介されていました。

滋賀県も奈良県と同じ海の無い県ですが、琵琶湖からの恩恵によって他の地域には無い食文化が見られます。特に淡水魚の種類が豊富です。

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滋賀県と言えばふなずしが有名です。
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製造工程が紹介されています。

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ふな以外にもいろんな魚を使ったすしがあります。

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日吉大社で春に行われる山王祭(さんのうさい)にまつわる御供。

滋賀県は琵琶湖を囲み湖北、湖東、湖南、湖西と大きく4つのエリアに分けられます。 
それぞれ、京都や岐阜、三重、福井などの他府県と隣接していて食文化も地域ごとの特徴が紹介されていて、とても面白かったです。

企画展を出て少しだけ館内を見て周りました。
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琵琶湖の魚達の水族館がありました。

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岩の陰で休む固有種ビワコオオナマズ。

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ミジンコを巨大化した模型。アニメ「エヴァンゲリオン」の使徒みたいです。


時間があまりなくて水族館エリアしか見学できませんでしたが、他にも琵琶湖の歴史が学べる展示室がありました。
館内は遠足の小学生で賑わっていて様々な展示を見て楽しそうでした。

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博物館を出ると夕陽に照らされた琵琶湖が広がっていました。

滋賀県は、真ん中にドンと存在する琵琶湖によって独自の文化が産まれて、さらに歴史の中で重要な位置にあることで人々の往来も多く文化の交流が盛んにおこなわれ発展していったのだなと感じました。

まだまだ、奥が深い滋賀県。
通り過ぎるだけではもったいないなと思いました。

日野椀(ひのわん)と近江日野商人(おうみひのしょうにん)

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こんにちはコタツです。
11月に入り秋晴れの爽やかな気候に誘われて滋賀県日野町(ひのちょう)に行ってきました。

近江商人と言えば近江八幡(おうみはちまん)の商人が有名ですが、ここ日野町を出発地とした近江日野商人(おうみひのしょうにん)も江戸時代に大活躍し、その活躍は形を変えて現在まで続いています。

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日野町にある「近江日野商人館」に行きました。
こちらは、近江日野商人の山中兵右衛門(やまなかひょうえもん)の本宅を活用した資料館で近江日野商人の歴史を詳しく知ることができます。
許可を得て写真撮影させていただきました。

近江日野商人が、最初に扱った主力商品が「日野椀(ひのわん)」と呼ばれる漆器です。
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日野の町では室町時代の1400年から1500年頃にかけて漆器の生産が行われていたようです。

しかし、領主の蒲生氏郷(がもううじさと)が伊勢へ国替えで離れたことにより日野町と共に漆器産業も衰退していきます。

その後、江戸時代に入り近江日野商人が誕生し漆器産業も復活します。

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館内は大量の日野椀が展示されています。

日野椀は高価な漆器も作られていましたが、「安くて丈夫な塗り椀」を売りに大量生産し江戸の町ではなく周辺の農村地域に積極的に売り歩きました。
塗り椀は当時高価でハレの日用の食器としても庶民にはなかなか手が届かないものでしたが、日野椀は農村部の人にも買える安価なものだったので大ヒット商品になりました。

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だいたい一軒につき婚礼などの慶事用と葬儀などの弔事用に各20組がお膳とセットで売れていたようです。

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作業工程の見本と絵。

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当時の轆轤(ろくろ)。削る人と縄を引っ張り轆轤を回転させる人2人必要でした。

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1650年頃から因幡の国(現在の鳥取県)より材料の栃(とち)やブナなどの大量供給が始まります。その時の船の輸送ルートです。
日本海側から関門海峡、瀬戸内海を経て伊勢湾に運ばれます。

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日野椀の断面。「安くて丈夫」が売りなので、かなり底が厚めに作られています。 
また、塗りの下地も他の産地では砥の粉(砥石の粉)と漆を練り混ぜた下地を使ったりしますが、製造コストを抑えるために柿渋を塗った後に炭と漆を混ぜた下地を塗っています。また、表面の漆も「せしめ漆」と言う品質の悪い漆を使っていました。

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また、木が多少動いて椀の形が変形しても良いようにフタを被せる形にしているとの事でした。
写真撮り忘れましたが、展示されているお椀も少し楕円形になっていました。
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上の写真のようにフタが親の椀に落ち込む形だと木が変形したらフタと親が合わなくなります。

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日野商人達は「日野大当番仲間(ひのおおとうばんなかま)」と言う商人組合を結成しました。
それまで個人で動いていた商人をまとめ組織的に効率よく商いができるようにサポートしました。
東海道の各宿場町に定宿(じょうやど)を作り加盟商人の宿泊だけで無く、定宿に商品を在庫として置いておくなど現在の物流センターみたいな役割もありました。
また、それぞれの宿場間に飛脚を走らせて物資の輸送だけで無く素早い情報伝達を可能にしました。

日野商人の活躍により日野椀は江戸だけでなく京都や大阪に広く普及しブランド品として知名度を上げました。

しかし、今から300年前から日野の町では薬が作られ始め製薬業が盛んになっていきます。
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今も製造されている「萬病感應丸(まんびょうかんおうがん)」。

日野の薬は「日野合薬(ひのあわせぐすり)」としてヒット商品になります。
やがて、日野商人の扱う主力商品が漆器から薬に変わっていき漆器産業は衰退し日野椀は姿を消していきました。

近江日野商人大当番仲間は思想家石田梅巖(いしだばいがん)の心学(しんがく)を用いて加盟商人に以下の商業道徳を義務付けました。
仁=他人を思いやる心
義=人として正しい心
礼=相手を敬う心
智=工夫を凝らす心
信=信用される心

現在でも、この理念を大切に製薬業や醸造業などで日野商人の流れを汲む企業が続いています。

その他こちらの施設の見所は建物の材料に貴重な木材がいっぱい使われていてとても楽しめます。
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山桜を使った床。
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屋久杉の天井板だったかな?
情報が多くて忘れてしまいました💦

あと、戦時中に陶器で作られたけど、結局使われなかった幻のお金「陶貨(とうか)」などが展示されていて見応えがあります。

少しだけ見ようと思っていましたが、おもしろくてついつい長居してしまいました。

近江日野商人館を出て日野の町を散策します。

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観光協会。

日野の町の印象は高い建物が少なくて空が開放的に見えます。昔の木造建築もちらほら残っていて派手さはなく渋い作りでそこがまた、この街の静けさと合わさってよい雰囲気です。

ただし、道は割と細めなので車の場合スピードの出し過ぎに気をつけたほうが良いです。

次に向かったのは、「近江日野商人ふるさと館 旧山中正吉邸」です。
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こちはでは、土日のみ5食限定の「鯛そうめん」をいただきました。
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他にも予約すればこんなご馳走がいただけます。

お屋敷の中の豪華な和室でいただきます。
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現代の作家さんが復活させた日野椀に盛り付けられています。

鯛そうめんは、鯛の煮汁でそうめんを炊いたハレの料理です。
そうめんに味がしっかり染み込んでいて、とてもおいしかったです。

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日野町名物の日野菜の漬け物。

日野椀を持った印象は底が厚いのでやや重く感じます。
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日野椀と書かれている高台の中は、丸く削られていて汚れがたまりにくく洗いやすい作りです。

食後、お屋敷を見学させていただきました。
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すごく立派なかまどです。
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襖の絵もオシャレです。
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私の中で今話題の黒柿!
この屋敷の当主が座っていたそうです。黒柿は表面だけです。

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客人用の豪華なお風呂と洋室。

今回、他にも予定があったので割と駆け足で見てまわりましたが、日野椀のことをいろいろ知れて楽しかったです。また、ゆっくり歩いてみたいです。

高級な漆器しか作っていなかったら、歴史のある京都とかの産地には太刀打ちできなかったのでは無いかと思いました。
また、今まで京都や大阪中心だった世の中が江戸に移り日野商人が生まれました。
そして、今まで高級な塗り物に縁がなかった農村部をターゲットに手が届く所まで価格を下げて提供し広く普及させた販売手法は見事だなと感じました。

世の中のルールが変わればそれに柔軟に合わせていく軽やかな思考が近江日野商人の活躍に繋がったのかなと思いました。

今も農村部の古い家には日野椀が眠っているかもしれませんね。

柿の木材の話

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こんにちはコタツです。 
今年は、我が家の庭の柿は豊作で、昨年のように人間vs鳥vsその他小動物での争奪戦も起きずに仲良くおいしい柿を堪能しています。
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昨年このブログで柿の話をしました。今年は柿の木材の話をしたいと思います。
www.utuwa-tabemono.com

柿の木材は通常やや白っぽい色をしていますが、ごく稀に黒い模様が入った木があります。
これは、樹齢150年以上の古い渋柿の樹芯が炭化した硬質材の事を指し一般的に「黒柿(くろがき)」呼ばれています。
柿の品種にも黒柿がありますが、木の黒柿材とは違います。
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奈良県五條市柿博物館にて。

木の黒柿は必ずしも古い木が黒柿になるわけではなく、1万本に1本位とも言われています。
しかも、木を切ってみないと黒柿かどうかわかりません。
日本では古くから貴重な黒柿が珍重され正倉院の宝物にも黒柿を使った工芸品があります。

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正倉院宝物「黒柿蘇芳染金絵長花形几(くろがきすおうぞめきんえのちょうはながたき)」

これは、黒柿の表面を蘇芳(すおう)と言う赤褐色の染料で染めています。

また、正倉院の中には桧(ひのき)などの材に黒で黒柿っぽい模様を描いた仮黒柿(げくろがき)と言う技法を用いた宝物もあります。


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黒柿材いろいろ。
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くっきり黒と白に分かれています。

木によって模様は違いますが、一応模様の出方でざっくり分けられそれぞれ呼び名はあるそうです。
その中でも孔雀杢(くじゃくもく)と呼ばれる孔雀の尾羽のような模様が入った黒柿は最高ランクで価値が高いです。
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孔雀の尾羽の画像。

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きれいな模様だけど孔雀杢とは違うのかなー。

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師匠が作った香合。
かなり細かい杢が入っていてきれいです。

黒柿はとても人気で黒柿で作った工芸品ばかり集めてる人もいるほどです。

しかし、黒柿は黒と白の部分で硬さが違い乾燥による収縮に差が出るためか、非常に割れやすく乾燥が難しいそうです。

まず、水に何年か浸けておくそうです。その後水から煮るなど工程を経て割れないように乾燥させます。

知り合いの茶道具を作る職人さんは、いざ黒柿の注文が入った時に「木の乾燥まで4〜5年待って」とは言えないので、すぐ作成できるように乾燥した棗(なつめ)などの薄茶器(うすちゃき)用の材料は常に確保していると話されていました。


ここまで、貴重で人気な黒柿の話をしましたが、黒くない普通の柿の木材は弥生時代の稲作跡から杭(くい)として柿の木が使われていたことがわかっています。

また、100年程前にゴルフのクラブのヘッド部分にパーシモン(柿)が使われていました。
現在では、ほとんどチタンなどの金属に変わりましたが、当時は硬すぎず柔らかすぎず、しかも加工しやすい柿材がクラブのヘッドに最適だったようです。

最後に柿の木にまつわる古くからの伝承には死に関連するものが多くあります。
「柿の木から落ちると3年後に死ぬ」
「死体をたくには柿の木に決まっている、だから平常は決してたかない」
「遺骨を火葬場で拾う時は、柿の木の箸を用いる」
なぜ、このような言い伝えが全国各地で見られるのかはわかりませんが、砂糖の無い時代に柿の実の甘さは貴重だったり、柿渋も大切に使われていたので、その実をつける柿の木は無闇に切ったり焚き木に燃やして使わないようにと言う戒めではないかと思いました。

私たちが、秋をイメージするとすぐに「柿」が思い浮かびますが、柿は長い時間日本人の生活に寄り添って来たのだなと感じました。

〈参考にした資料など〉
木 なまえ•かたち•たくみ
著者 白洲正子
発行所 株式会社平凡社

柿の信仰と伝承
著者 永野忠一
発行所 習俗同攻会

柿の民俗誌ー柿と柿渋
著者 今井敬潤
発行所 株式会社 現代創造社

第62回「正倉院展」目録
発行所 財団法人仏教美術協会

和じかん.com
https://wajikan.com/note/kakinoki/

米の調理法

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こんにちは、コタツです。

先日まで、10月にしてはものすごく暑かったのですが天気予報で言っていた通り急に寒くなり、扇風機を片付けると同時にファンヒーターを出しました。
暑いのも寒いのも苦手な私は、春と秋だけが楽しみなのに「秋飛ばして冬になるなんて何かの嫌がらせかなー」とファンヒーターの前で丸くなりながら考えています。

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前回、弥生時代の稲作道具である石包丁を作りましたが、今回は米の調理法の話をしたいと思います。

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現在の日本では、米を炊く時に炊飯器を使う事が多いです。
場合によってはカマドや鍋を使うこともありますが、いずれも炊き上がりに余分な水分が無くなるように計算して水を入れて米を炊きます。
このような米の炊き方を「炊き干し法(たきほしほう)」といいます。

それに対してたっぷりの水で米を茹でて余分な水分を捨てる調理法を「湯取り法(ゆとりほう)」といいます。

湯取り法で米を茹でてみました。
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米0.5合に水をたっぷり入れて火にかけます。

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だいたい20分茹でたら茹で汁を捨てます。

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再び鍋に戻し少し蒸らして出来上がりです。

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米のモチモチ感や粘りはあまりありません。誰かが言っていたけど、一度洗って表面の粘りを取った感じで炊き干し法よりあっさりした味わいです。
モチモチ感が無いので少し物足り無く感じますが、これはこれでおいしく食べられます。

炊き干し法が出てくるまで湯取り法が一般的でした。それは、調理の場所が主に囲炉裏であった事と庶民は米に麦や稗などの雑穀を入れたカテ飯が主流であり雑穀を調理する為に大量の水で雑穀をふやかして茹でる方法が向いていたからだと考えられます。

やがて、かまどが登場し本来湯を沸かす道具であった釜で米を炊くようになります。
江戸時代くらいから徐々に炊き干し方が広まっていったそうです。
かまどは西日本で広がり東北地方には羽釜の普及はだいぶ遅れ炊き干し法が一般的になったのは近年だそうです。
東北地方が長い間かまどを使わず囲炉裏中心の食生活だったのは寒冷な気候も要因の一つと考えられています。

そして、この湯取り法は割と世界ではメジャーな調理法で、長粒米のタイ米やバスマティライスなどは湯取り法で茹でる事が多いみたいです。
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タイ米を湯取り法で茹でてみました。

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茹で時間をちょっと失敗したけど粘りが無くてパラパラしていてカレーにものすごく合います。
カレーに対してご飯がかなり多かったけど、あっさりしていたので最後までおいしく食べられました。
おいしさがクセになりそうで、今度違う種類の長粒米を買っていろいろなカレーを食べてみようと考えてます。

また、湯取り法はでんぷん質の茹で汁を捨てるので糖質カットになりダイエットに良いそうです。

それから、前回行った河内長野ふれあい学習館で展示されていた弥生時代の蒸し器からもわかるように米を蒸す調理法も広く行われていました。
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1時間ほど水につけた米を皿に入れて火の通りが平均になるように平たくして蒸し器に入れます。

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だいたい25分くらい蒸したらモチモチのご飯ができあがりました。
うるち米を使いましたが餅米のおこわみたいにかみごたえがあってとてもおいしいご飯です。

炊き干し法と湯取り法で調理したご飯を「姫飯(ひめいい)」、蒸したご飯を「強飯(こわいい)」と呼んでいたそうです。

調べたわけではありませんが、「おこわ」は強飯から呼び名がきているのではないかと思います。

最後に、昔の米の保存食「干し飯(ほしいい)」を作ってみたいと思います。

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蒸したご飯を出来るだけ薄く広げます。炊飯器で炊いたご飯でもできます。


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本来は天日干しするそうですが、出したばかりのファンヒーターを使いご飯を乾燥させます。

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一日3時間ほどファンヒーターの前に置いて温風を当てると2日ほどでほぼ乾燥しました。
保存させるにはしっかり水分を抜く必要があります。つまんでみて弾力を感じるなら、まだ水分が抜けきっていません。
しっかり乾燥したものは保存状態にもよりますが、20年持つと言われています。

干し飯の歴史は古く一説には古事記に出てくるヤマトタケルノミコトも食したと言われています。
また、戦国時代は兵士達の兵糧として用いられたそうです。

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乾燥した干し飯をお湯で戻して食べてみることにしました。

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途中何回かかきまぜて40分位待ちました。
すっかり冷めてしまったのと所どころ戻り切らずに堅い部分もあったけど普通にご飯としておいしくいただけます。
昔は、非常時はそのまま食べたり水で戻したりしていたようです。

今回、干し飯作りにファンヒーターを使いましたが後で調べてみると防災食でよく目にする「アルファ化米」の作り方が温風を当てて急速乾燥させる方法だそうです。干し飯の進化したものと言われています。

以前、食べた市販のアルファ化米はきれいに戻ったけど、今回戻すのに時間がかかった理由はなんだろうか?と思いネットなどを調べるとどうも保温が足りなくて時間がかかったようです。
保温水筒などに入れて戻すと割と早く戻るかもしれません。

今年はスーパーでも米の価格が安いです。知り合いの農家さんに聞いてみると、昨年と今年は米が余っていて価格が上がらないそうです。新型コロナで外食産業が低迷したからなどさまざまな理由があると思います。
買う方はとても助かるのですが、大変な苦労をして米を作った農家さんにとっては苦しい状況だと思います。

だから、糖質と言って嫌わずにもっとお米を食べたいと思いました。

〈参考文献〉
めし・みそ・はし・わん
著者:宮本馨太郎
発行所:岩崎美術社

全集 日本の食文化
第三巻 米・麦・雑穀・豆
監修:芳賀登
   石川寛子
発行所:雄山閣出版株式会社

〈参考にさせて頂いたサイト〉
丸ごと小泉武夫食マガジン
https://koizumipress.com/archives/10350

JBPRESS 食の研究所
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/40806

尾西食品株式会社
https://www.onisifoods.co.jp/about/

石包丁を作る

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こんにちは、コタツです。
10月に入ってから天気の良い日が続き、近所の田んぼも次々と稲刈りを終わらせています。

わっさわっさと黄金色に実っていた稲穂がすっかり刈り取られ丸坊主になった田んぼは少々寂しく感じます。しかし、その代わりと言ってはなんですが新米がスーパーなどに出回りお米のおいしい季節がやって参ります。

そこで、弥生時代の稲作の道具である石包丁を作る体験をして来ました。

行って来たのは、大阪府河内長野市の「ふるさと歴史学習館」です。
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こちらは、かなりこじんまりとした施設ですが無料で入場できてとても興味深い展示が見られます。

石包丁作りの体験を申し込むと係の方が「物とか切れませんよ」と言われました。
私は、前もって石包丁の用途を調べたので問題はありませんでしたが、特に小中学生男子や外国から来た人は切れないと聞いてガッカリしてしまい体験をやめる人もいるようです。

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こちらのキットを使います。
新型コロナウイルスの感染予防のため普通サイズは時間がかかるので今回はミニサイズの体験になります。

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最初にざっくりと作業の流れを説明していただきます。
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体験では滑石(かっせき)と言う石を使いました。
弥生時代この地域の石包丁はもっと硬い結晶片岩(けっしょうへんがん)と言う石を使っていたそうです。
当時結晶片岩は現在の和歌山県紀の川で採られたものが、この施設の近くにある三日市北遺跡(みっかいちきたいせき)まで運ばれていたようです。

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石をヤスリで削るなんてものすごい力が必要なんでは?と思っていたけど、かなり柔らかくて面白いほど削れていきます。木より柔らかいです。
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ちなみに削り粉はベビーパウダーやファンデーションの材料として利用されるそうです。

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だいたい形が決まったら80番の空研ぎペーパーで表面を整えていきます。
この時、普段木にペーパーをあてるようにすると係の方から「もっと力を入れずに表面を撫でるようにあてて下さい」と言われました。
滑石は木より柔らかいので強くあてると深い傷が入って取れなくなるそうです。

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最後に細かい水研ぎペーパーで表面を滑らかにしたらワセリンを塗って完成です。

もう少し形を整えたかったけど、体験は私1人だったので係の方とも話が弾み楽しくて時間が足りなくなりました。

その後、許可を頂いて展示物の写真を少し撮らせていただきました。

中でも興味深かったのは、朝鮮半島から伝わった弥生時代の蒸し器です。
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それまで米は甕(かめ)で茹でて茹で汁を捨てて食べていましたが、韓式系土器のコシキ(蒸し器)が伝わり米を蒸して食べる調理法が広まりました。
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発掘されたコシキ。
なんか穴大きすぎて米ダダ漏れしそうです。葉っぱか何か敷いていたのかな?

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発掘調査により現在の南海電鉄高野線(なんかいでんてつこうやせん)の三日市町(みっかいちちょう)駅周辺は弥生時代に朝鮮半島からの渡来人が住んでいたと考えられています。

石包丁も中国大陸や日本列島に分布しており、稲作文化と共に日本列島に伝わったと見られています。

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ミニサイズなのでわかりにくいですが、弥生時代には石包丁を使ってこんな感じで稲穂をむしりとるように収穫していたのではないでしょうか。

弥生時代の稲作は稲穂ごとに生育にばらつきがあり、何日も田んぼに入って実った稲穂だけを収穫していたようです。
やがて、農耕道具にも金属が使われるようになり、収穫も一気に行えるようになったため、この道具は姿を消していったのだと思います。

今回、石包丁を調べてみて、自分が食べているお米は長い時間をかけていろんな人達の創意工夫を経て現在に伝わっているんだなと感じながら先日買った新米を味わってみます。

家の庭でキャンプ飯

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こんにちは、コタツです。
9月は涼しいを通り越して寒く感じる日がありました。しかし、10月に入ってからどうした訳か急に気温が上がり残暑復活したような暑さを感じる毎日ですが皆様体調を崩したりしていませんか?

さて、私は普段からアウトドアがあまり好きでは無くて、バーベキューとかも後片付けの事を考えると「お店で食べれば楽なのに」と思ってしまいます。

まあ、これは単に私がとてもめんどくさがりな事と、子供の頃にとある理由で野外活動をする機会が多くあり、それが全然楽しくなかったからです。

私の中で、バーベキュー=野外活動となっていて、バーベキューやキャンプと聞くと「ああ、めんどくせぇ」と思ってしまいます。

しかし、昔父が趣味の山登りで使っていたガソリンバーナーを譲ってもらったので、使ってみる事にしました。

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「ホエーブス625」
お菓子の缶みたいな中にバーナーが入っています。
結構重くて大きいです。父が若い頃これをリュックに入れて山を登っていたらしい。
グータラ人間からしてみれば考えられん!

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燃料はホワイトガソリンを使います。

しかし、このバーナー使い方が少々ややこしくて、使い始めにプレヒートと言う作業が必要だそうです。
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下のタンクにホワイトガソリンを入れた後、自転車のタイヤに空気を入れるようにこの部品を何回も押して内部の圧力を上げます。
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その後、矢印の部分を暖めます。今回は固形燃料ですが、液体アルコールでも良いそうです。
YouTubeではガスバーナーの火を直に当ててる人もいました。
こうする事で燃料のホワイトガソリンが上に上がってくるそうです。
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ガス調節ツマミをひねると火が出たので鍋を乗せてみます。

キノコのスープを作ります。マッシュルーム入れると旨味が出ておいしいらしいです。
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材料を全てみじん切りにします。
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鍋に材料を入れてYouTubeなど見ながら(家のWi-Fiが入る)火が通るのを待っていましたが、一向に温度があがりません。
よく見ると火が消えていました。
その後、何回かプレヒートからやり直しましたがどうしても途中で火が消えてしまいます。

父に電話で聞いたりして、何十年も使っていないのでゴムなどの部品が劣化して取り替える必要があるかもしれないとの話でした。

この記事で、ホエーブスの話をここまで引っ張ったけど、ホエーブスの使用はまたの機会にして、(企画倒れやないかいっ!)
急遽、Iwatani様のカセットコンロにご登場いただきました。
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さすが、Iwatani様!安定の火力!

YouTubeなど見るヒマも無く鍋はジュウジュウと音をたてあっと言う間に材料が炒まっていきます。
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豆乳を投入!

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キノコスープ完成!

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前回作った栃(とち)の木のスープ皿を拭き漆で仕上げました。
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この鍋買った時にやって見たかった注ぎ方。

スープに合わせるのに、ハイジっぽい黒いパンがいいなと思ってカルディコーヒーで買ってきた「シュルンダー プンパニッケル」と言うドイツのライ麦パンです。
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このパン結構酸っぱくてパンと呼ぶにはまったくフワフワしていなくてポソポソしています。ですが、とても栄養価が高く保存も効くそうです。
私は、そのまま食べるのは苦手なんですが今回チーズを乗せてみるとすごく調和しておいしく食べることができました。
後で調べたらこの類のパンは具材を乗せて食べるのが一般的だそうです。

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アルプスには程遠いけど、アルプスをイメージしたスープセットが出来上がりました。

スープ皿の使い心地はどうかな?
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思ったより大容量。
スープだけでかなりお腹いっぱいになります。
シチューとかカレーライス入れてもいいかも。

あと、漆の仕上げはもう少し細かいペーパーで研いで光沢を出しても良いかなー。
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それと、外側は割ときれいに仕上げてしまったけど、失敗した内側のように少し粗さを残したほうが製品さが消え私がイメージする日常使いの民具に近づけたかなと思います。
また、改良品作ってみよう。形変わるかもしれないけど…。

庭先ですが、たまには野外活動も楽しいですね。
今度こそホエーブスを使うぞ!