器とたべもの

食べ物や器のことをとりとめなく書いていきたいです。時々木の器を作ってます。

富山の「たら汁」と器

こんにちは、コタツです。 皆様新年あけましておめでとうございます。

年末年始バタバタしてしまい、あっという間に年が明けてしまいました。

昨年は、はじめて木工マルシェなどにも出店する機会をいただくなど、少しづつ色んな事にチャレンジすることができて充実した1年になりました。

それから、今までは特に自分の仕事場の屋号は決めていなかったんですが、約2年半の間ブログを続けた事で、自分が目指すものづくりの方向性がやっと固まってきたので「コタツムリ工房」と屋号を決めて頑張っていこうと思いました。

皆様、今後もよろしくお願いします。

さて、今回は前回の続きの富山編です。

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この旅行の一番の目的である「たら汁」を食べに行きました。

前回紹介した富山県朝日町(とやまけんあさひまち)のヒスイ海岸から国道8号線を新潟方面に車で2分ほど走った道沿いに「たら汁」の看板を出したお店が何軒か出てきます。 この辺りは、「たら汁街道」と呼ばれているそうです。

朝日町では水揚げ量が盛んだったスケトウダラを漁師の妻たちが浜辺で大きな鍋で身を丸ごと入れたみそ仕立ての汁を作って夫の帰りを待っていたのが始まりだそうです。

「たら汁街道」の中でもテレビなどで度々取り上げられている有名店の「栄食堂(さかえしょくどう)」に入りました。

店内は昔ながらの食堂で、冷蔵庫の中のおかずを取ると温めてくれます。

北陸でよく食べられるバイ貝。 ダシが染みててとてもおいしかったです。

話は変わって、私がタラ汁を食べに朝日町まで来た理由なんですが、まだ石川県に住んでいた頃に富山県で何かのイベントがあり、その時に主催者の方が昼食を用意してくださいました。

昼食は、おにぎりとたら汁でみんなで取り分けるように言われました。

用意されていた器は、お椀と大きめの浅い鉢で、誰とはなしにおにぎりを浅い鉢に入れてタラ汁をお椀によそっていました。

すると主催者の方が「逆ですよ、タラ汁が浅い鉢でおにぎりをお椀に入れて下さい。」 と言われました。

それから、みんなで言われたように盛り付け直して昼食をいただきました。

雪が降るとても寒い日だったので、暖かいタラ汁はとてもおいしかったのですが、私は頭の中でずっと「なんで汁物を浅い鉢に入れるのだろう?」と考えていました。

食後も気になって仕方がないので、主催者の方に尋ねてみると「魚が見えやすいようにじゃないかなー」と話されました。

確かにタラの身を崩さずよそうにはそうかもしれないです。だけどその時のたらの身はこの写真よりも細かく切られていてお椀に入るサイズでした。

「なんだかスッキリしないなー」と思い、この疑問はそれからずっと頭の片隅に残っていました。

その時用意されていたおにぎり用の器が、皿だったらここまで考えることは無かったと思いますが、私にとってこの出来事は器の使用方法の習慣的な背景に興味を持つきっかけになりました。

話は栄食堂に戻ってお待ちかねのタラ汁が運ばれて来ました。 1人前がアルミの大きな鍋に入っていて、広い浅鉢が添えられています。

一人前にスケトウダラを1匹使っているそうで、身が豪快にブツ切りされています。

一口味わってみると、タラのダシがよく出ていて、味噌の味も強すぎず全体的にまろやかでとてもおいしかったです。

こちらのお店に行く前に少し地元の方とお話したところ、タラ汁は各家庭でも作られていてタラと味噌がベースで生姜を入れるなど、それぞれ味付けが異なり、タラの身がバラバラにならないように切るコツとかもあるそうです。

量がすごく多くて最後のほうはかなり苦しかったですが、念願のタラ汁を食べる事ができて大満足でした。

そして、浅鉢の話ですが和食器の種類には口径約15cm、高さ4cm位の深皿を「生盛(いけもり)」と呼ぶそうです。

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以前紹介したことのあるこちらの本によると、この生盛は明治時代以降に東濃地方で量産され、広く流通したそうです。

生盛は、金沢の治部煮(じぶに)や山形の芋煮など郷土料理を盛り付ける器として広く使われていました。

そして、特に北陸地方から東北地方の漁村部でも多く使われていたそうです。

漁師が遠出の漁を行う時、船上で鍋を火にかけて調理して食事していたため、揺れる船の上では、安定感があり大きさ的に飯を入れても良く汁もこぼれにくい、生盛が便利でよく使われていたと考えられています。

確かにこの器すごく重いです。 力の弱い人などは持ちながら食事するのはツライんじゃないかな?と思うレベルです。

だからこそ、風の強い海の上でも揺れにも安定して使えそうで、木製のお椀なら風で吹き飛んで行くかも知れませんし、陶器の丼なら浅鉢に比べて安定感が落ち運搬にも少し場所を取りそうだなと思いました。

今回、何年も考え続けた疑問を確かめに、はるばる朝日町まで訪れたわけですが、実際に器を持って重みを実感して初めて使われた背景が本に書かれていたように船の上で使われていた器だと感じることができ、この習慣は漁師の文化からつなっがっていることがわかりました。

先ほど話した地元の方にタラ汁の器の話を聞いてみたところ、子供の頃からこの器を使っているので疑問に思ったことが無いと話されていました。

海の無い奈良県で育った私は、タラ汁も知らなかったし汁と呼ぶものを浅い鉢に入れる 習慣にも軽く衝撃を受けました。 逆に私が慣れ親しんだ関西の食文化も他の地域の人から見れば疑問に思うことはたくさんあるかもしれないですね。

日本中には、まだまだ私の知らない器や食文化が残っていると思うので一つ一つ探し出して行きたいと思いました。

【今回参考にさせていただいた本】

「うつわ」を食らう: 日本人と食事の文化

著者:神崎宣武

発行:吉川弘文館